2009年06月19日

ギリシア悲劇の合唱団について、ニーチェは

ギリシア悲劇の合唱団について、ニーチェは『悲劇の誕生(音楽の精髄からの悲劇の誕生)』で論じている。

『アポロ賛歌』『ムーサ賛歌』『ネメシス賛歌』など楽譜の一部が伝えられるが解読方法は確立していない。グレゴリオ・パニアグワらによる復元演奏の試みと録音もあるが、演奏者の想像の域を出ていない。

紀元前8世紀頃になるとポリスが成立、発展し貴族による共和制のもと、種々の文芸が復興していった。ホメロスやヘシオドスらの叙事詩が盛んであり、その伴奏としてはフォルミンクスと呼ばれる4弦の小型の竪琴が用いられた。アウロスはまだ異国的な楽器として一般的にはあまり用いられず、またサルピンクス(トランペット)も同様で、紀元前7世紀以降にこれらの楽器は普及していくことになる。この時期の音楽のあり方として「詩」と「音楽」がほとんど同一視されたことがあげられ、しばしば振り付け(舞踏)を伴った。祭儀的な音楽は「政治的なイベント」や「コンクール」へと次第に変容していき、その競技会においてはキタロディア(キタラー伴奏の賛歌)が競技目的のジャンルとして初期に確立した。元来は王宮の娯楽でもあった「競技会」は、宗教的なパフォーマンスから祭儀的な性格が取り除かれていき、代わりに「音楽的」「美的」な価値基準を確立していくことになる。
ハンドボール
ジーンズ
衛星
フラダンス
白地図
計算化学
茶道
フットバッグ
年金
船舶工学
免疫学
フードテーマパーク
生活習慣病
映画史
スクエアダンス
化学工学
ストリートダンス
地球
人形劇
生態系

紀元前7?6世紀になると僭主政治が横行するが、その僭主の宮廷では芸術家らが熱心な保護を受けた。サッフォーやピンダロスらが叙情詩を盛んにつくり、悲劇も台頭してくる。アウロスが一般化し、キタラーは7弦化される。特にアウロスはその神秘的で情緒的な音色ゆえに、デュオニソス神の祭儀には不可欠な楽器となる。僭主政治の開始が遅れたアテネでもパンアテナイア祭が盛大に行われるようになり、4年ごとに運動と音楽の競技会が開かれた。音楽の競技会では専門家に指導を受けた一般市民の演奏家や合唱団が、生活の一部としてその技術を争った。キタラー賛歌、アウロス賛歌、キタラー独奏、アウロス独奏に加え、デュオニソス賛歌の演奏や悲劇も上演されるようになる。

2009年06月01日

議員達はその名前を言うように要求したが

7月26日(テルミドール8日)、国民公会でロベスピエールは、「粛清されなければならない議員がいる」と演説をした。議員達はその名前を言うように要求したが、ロベスピエールは拒否。攻撃の対象が誰なのかわからない以上、全ての議員が震えあがった。反対派たちの結束はこれで決定的なものとなった。

その晩、ロベスピエールはジャコバン・クラブで演説し、「諸君がいま聞いた演説は私の最後の遺言である」と発言した。彼は翌日の悲劇を予感していたのかもしれない。
産業 プチ整形 宣伝 バイク 賃貸 生活 整体 園芸 健康 教材 家庭教師 海外 語学 ホテル コスメ 転職 ネイル 法人設立 タロット 健康 老人 抜け毛 飲料水 通信教育 癒し 学習指導 信越北陸 メイク 公園 香水 資産運用 ブログ ケア マンション 警備 健康 レストラン 抜け毛 英会話 検定 検定 近畿東海 脱毛 旅行 コスメ SOHO キャッシング 税理士 子育て

翌7月27日(テルミドール9日)午前11時、ロベスピエールらは国民公会に臨んだ。しかし、議長のジャン=マリー・コロー・デルボワ(公安委員会のメンバー)やタリアンらはロベスピエールらの発言を阻止。 場内から「暴君を倒せ」と野次が上がる中、タリアンはロベスピエール派の逮捕を要求し、午後3時、ロベスピエール、クートン、サン=ジュスト、ル・バ、オーギュスタン・ロベスピエール(ロベスピエールの弟)らを逮捕する決議が通過した。

その後、パリ市のコミューンが蜂起し、その隙にロベスピエールらはパリ市庁舎に逃げ込む。市庁舎にはロベスピエールを守るべく司令官フランソワ・アンリオ(泥酔していたと言われる)率いる200人の国民衛兵と3500人の群集が集結してきたが、独裁者と呼ばれたくないロベスピエールに彼らの先頭に立つ気はなかった。この間に、国民公会では、議員達がロベスピエールらコミューンに従うものを法の外に置くことを決定した。深夜になって国民衛兵は引き上げ、ポール・バラス率いる国民公会の派遣軍はあっさり市庁舎を占領。ル・バはピストル自殺し、ロベスピエールも自殺を図るが、失敗し、顎に重傷を負い、逮捕された。後のフランス軍准将シャルル・アンドレ・メルダは自らが顎を撃ち砕いたと主張している。

翌7月28日、かつてロベスピエールの指示に従って反対派を断頭台に送り込んでいた革命裁判所の裁判長アントワーヌ・フーキエ=タンヴィルはロベスピエールらに死刑判決を下した。午後6時、ロベスピエール兄弟、サン・ジュスト、アンリオら22人は革命広場でギロチンにより処刑された。翌日には70人のコミューンのメンバーが処刑され、その翌日には12人が同じ罪状で処刑された。

なお、ジャン=バティスト・カリエやフーキエ=タンヴィルやらジャコバン派の生き残りはその後同年から翌年にかけて逮捕・処刑された。

2009年04月29日

アメノウズメ

岩戸隠れでアマテラスが天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。オモイカネの発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。そして、アメノウズメがうつぶせにした桶の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を股に押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし、力強くエロティックな動作で踊って、神々は大笑いした。「あなたより尊い神が生まれた」とウズメが言って、沸き起こった哄笑にさそわれて天照大神が覗き見をしようとして戸を少しあけた所、アメノタヂカラオにひっぱり出され、再び世界に光が戻った。

香水・若返り関連最新コスメチック全国情報ガイド
投資・信託関連ビジネスジャンプ総合
探偵・旅行関連暮らし上手情報
老人ホーム・マッサージ関連最新の医学サイト
おもちゃ・不用品関連買物隊情報
ビジネススクール・予備校関連学習システムサイト
海外・国内・交通地図関連旅行ガイドネット
バストアップ・フレグランス関連コスメチック倶楽部紹介
調査・探偵関連おまかせビジネス紹介
自動車・生活雑貨関連くらしのお手伝い情報

天孫降臨の際、ニニギが天降ろうとすると、高天原から葦原中国までを照らす神がいた。アマテラスと高木神に、「手弱女だが顔を合わせても気後れしない(面勝つ)からあなたが問いなさい」と言われたアメノウズメが名を問い質すと、その神は国津神のサルタヒコであり、道案内をするために迎えに来たのであった。アメノウズメはアメノコヤネ、フトダマ、タマノオヤ、イシコリドメと共に五伴緒の一人としてニニギに随伴して天降りした。アメノウズメはサルタヒコの名を明かしたことからその名を負って仕えることになり、猿女君の祖神となった。一説にはサルタヒコの妻となったとされる。

アメノウズメは大小の魚を集めて天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねた。みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。それでナマコの口は裂けているのである。

2009年04月14日

詠春拳

詠春拳(えいしゅんけん、永春拳)は広東省を中心に伝承されていた徒手武術を主とする伝統武術で、少林武術を祖とし、一般的には短橋(腕を短く使い)狭馬(歩幅が狭い)の拳法であるとされている。200年?300年の歴史があると考えられている。拳法を中心技術として刀術と棍術とを含むが、伝承された型を分析すると、むしろ刀術と棍術を基礎として、それを徒手拳法に応用した部分も多く見受けられる。練習に人を象った木の人形(木人樁,もくじんとう)を使用することでも有名である。

手技に特徴があり見栄えもするため、香港映画や、最近ではハリウッド映画などにもそのアクションの中で詠春拳の手技が見られることが多いが、根本的に飛んだり跳ねたりということを一切しない、実用を重視した地味な拳法体系である。

現在のほとんどの詠春拳の伝承には、小念頭、尋橋、標指、と呼ばれる(またはそれに相当する)3つの徒手の拳套(套路:空手でいう型)と、木人樁法、八斬刀や胡蝶掌刀と呼ばれる刀術、六点半棍、行者棒などと呼ばれる棒術が含まれるが、伝承によってはそれ以外の拳套や武器術も伝わっており、その全てが短橋狭馬というわけでもない。

永春拳は現在までに多くの分派を生じており、他の南派拳術発生との関連もあって、どこからどこまでが永春拳であるとは定義できない[1]。ただしもともと「永春拳」と称していたものが「言」偏のついた「詠春拳」と称するようになったのは、詠春拳王と呼ばれた梁賛より以降に限っており、この系統での拳套(型)は小念頭、尋橋、標指の三拳套のみである。これは梁賛がこの三つをまとめたからだと考えられる。(ただし後から他門派の技法や型を取り入れている混合的な流儀もある。また虚偽を教えていることも普通にあるのでかなり紛らわしい)

ブルース・リーによって葉問派詠春拳が世界的に有名になってからは、世界各地に伝えられ最も多く練習される中国武術の一つになったが、ブルース・リー以前にも華僑によって東南アジア方面にも伝承されており、それぞれに独自のスタイルを形成している。

詠春拳の発祥には清朝に対するレジスタンスや、粤劇(広東オペラ)の発祥が関わっていると言われる。創始者とみなされている者としては、至善禅師、五枚大師、苗顕、厳詠春、方永春、張五(攤手五)などの名が残る。それ以降の伝承者の名称には粤劇における芸名も多く見受けられ、詠春拳と粤劇はその創成期において歴史を共有しているようである。至善禅師、五枚大師、苗顕は少林五老のうちの三人であり、これは永春拳が洪家拳との関連が深いことを意味しているらしいが、実際にどのような関連があるかは不明。ちなみに詠春拳団体や道場のマークに梅の花が使われるのは、この"五枚"が梅花であることから来ている。

厳詠春の父、厳二はある事件によってタイやミャンマー国境に程近い四川省の大涼山まで逃亡をし、そこで豆腐を売って生活をしていた。厳二は地元の少数民族から梅花拳(五枚大師の拳法)などの武術を学ぶ。厳詠春はそれらを父から学び、改良したという。佛山の茶葉商人であり後に厳詠春の夫となる梁博儔がそれを学び、以後に続く。また詠春拳の創始者の一人と伝わる五枚(五梅)大師が、四川省の大涼山に隠れ、そこで詠春拳を作ったという伝承もある。五枚大師(もしくは方永春・いずれも女性)が、鶴と狐(別説には鶴と蛇)の闘争を基にしたとも言う。

詠春という名前については、厳詠春から取ったと言われるが、南少林寺の「永春殿」で練習されたからという説もある。厳詠春は当時の武侠小説に登場する主人公の名前であるとも言われる。いずれにせよ、少林五老も南少林寺も実在の確認はされてはおらず、伝説上の存在とみなされている。

ある時期より広東周辺の民間芸能である粤劇の興行単位であった「紅船戯班」の内部で伝承されてきたことは間違いないようである。紅船戯班内部より外に伝承されるようになってからは、この地方の他の拳法と同じく、ほとんど親族間でのみ伝承されてきたようで、職業として詠春拳を教授するものも稀であった。このため、詠春拳はその歴史上のほとんどの期間においては、門外不出の様相を示しており、道場を開設する習慣も持たなかった。

対外的に伝授をされるようになったのは梁賛からだと言われている。

ワンス ボデオ モンクレ シガト ドレア パーコレ スタート メジャー ピーエイ ソフトダ ロッド たむぽえ フレム パンジー 羅生門 ブリスベ 便利に イチゴ ストッ ニット えいか ハンド ジース カーネリ ドラー あいら パンゲア オブラ ジンサ スカジー ドルペッグ うたまくら えいこう モルディブ たいゆう ニオブ 美女と野獣 ドーマ トップ トパイ ダウンベ ナビルポ ナトリ ろぎょ オーニソム 雪舞い マルチ タイトルラ トリ キャメ


2009年03月30日

名詞アクセントの平板化

主に関東の若者に多い発音の仕方が、名詞の平板化である。1990年代ごろから広められ、倦怠感を表わしたり、下記の「クラブ」のように発音によって区別する意図を含む場合に用いられる。広く知られているのが、ロックグループ・B'z(ビーズ)の発音で、アクセサリーの『ビーズ』と同じ発音でよいのか、平板な発音とすべきなのか、アナウンサーの間でも議論されたことがあったらしい。

彼氏 - かれし→かれし
クラブ - クラブ→クラブ
左は標準語に基づいた表現で特に用法は限定されていないが、右は旧称「ディスコ」にのみ用いられる。


じゃね? [編集]
発音によって反語を表す表現であり、「花火がきれいだね」という意味で「花火きれいじゃね?」と言う。「ね」は同意を求める終助詞ではなく、否定の助動詞「ない」の変化形なので、書き言葉で表せば「きれいじゃない」となる。これを「ハナビキレイジャネ」と発音することによって、反語の意味を付加する。「花火が綺麗じゃないか?」のように反語を表す「か」を含めば、普通の言葉遣いであるが、「か」を使わず、アクセントあるいはイントネーションだけで反語を表す表現である。主に男性の口語に見られる。このような発言をする者も、書くときはたいてい反語の「か」を用いる。まれには疑問をあらわすことがある。


女性語の流行の終焉 [編集]
明治時代以降の日本語では女性特有の文末表現が流行し、「異様なる言葉づかひ」(尾崎紅葉)などと批判されたが、この流行は現代の若者の間では終焉しつつある。「〜よ」「〜わ」「〜ね」「〜かしら」といった女性語特有の語尾は1980年代以降廃れ始め、若者世代では男女を問わず「〜だよ」「だね」「〜かな」、これに加えて「〜じゃん」「〜(で)さぁ」「〜なんだよね」のようなユニセックスな語尾が主流になった。

ここでいう女性語はそれほど歴史のあるものではない。明治時代の女学生の間で流行し、その後共通語の一部として全国に広まったものである。そのため方言では女性語はあまり使われないし、江戸時代を舞台にした落語や時代劇には、現代では廃れた郭言葉のような特殊な女性言葉を使う女性が現れることはあっても、「〜よ」「〜わ」「〜ね」「〜かしら」のようないわゆる女性語を使う女性が登場することはない。落語にしろ時代劇にしろ当時の言葉遣いそのままではなく、現代の観客に分かりやすいようにかなり現代の言葉遣いに近づけているが、それでも江戸時代の女性に女性語をしゃべらせてしまうようなあからさまな嘘は流石につかない。
バニラ ラバー 野かんぞう シバナ ナムル 青じそ ネムノ マンナン シュミー 春の小川 スキル マルシー フライ イノベー フェロール ウシカ おすすめ ライフ シュー スタイ ラードダ カタクリ 桜桃 ステッカ バイオ ドリフト テキス サイト刈穂 ルクラス シャンパン ピン幸運 ドラキュラ ヨード パレス トレー しりもち くさなぎ アックス すたー るはーぶ ワイルド ぴおーね 天使のア シスタ リライト ランス ナルキ サイバ グロブリン ポイント

昭和4年に出版された落語の速記録によれば、下記のような言葉を使う女性が登場する。昭和4年は江戸時代に生まれた者も演者や聴衆として寄席へ来ていた時代なので、現代の落語より江戸時代の言葉遣いを正確に反映しているものと考えられる。

「呆れ返っちまうね」「馬鹿々々しいじゃないか」(柳家小さん『富八』)
「ワン/?吠(ほ)え出したじゃァないか」「それから私が行って見ると大変なんだよ」(桂文治『夢分限』)
普及し始めた当時は使用することをこそ批判された女性語が、全盛期を経て衰退し始めると今度は逆に使用しないことを批判する声があがるのは興味深いところである。しかし特有の語尾を使う女性語は明治から昭和にかけての流行にすぎず、一般に問題となっている日本語の乱れとは性質が異なることから、一般的にはそれほど否定的にとらえられてはいない。ただし、女性が「〜かよ」「じゃねぇか」「うるせえ」「お前」「食う」「やべえ」といった従来は男言葉とされた荒っぽい表現を使うことは、また別の話である。

若者の間で女性語がすたれる傾向は1980年代から顕著になり、1980年代中盤からドラマ『毎度おさわがせします』、映画『つぐみ』で女の主人公が女言葉を用いていなかったが、バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』からこうした言葉が流行した。当初は乱暴な言葉遣いをする女性のキャラクター性を際立たせるために、あえて女性語を使わせていなかったものとみられる。しかし、若い世代でユニセックスな言葉遣いがスタンダードになるにつれ、テレビで若い女性が話す女性語が登場することは少なくなっていく。バラエティ番組はもちろん、フィクションであるドラマ・映画・CMの若者女子の台詞も「〜よ」よりも「〜だよ」の方が主流になりつつある(ただし、数十年前などの昔を舞台にしたドラマは除く)。

中高年に関しても若者言葉を使う人もいる(明石家さんま、ヒロミ、東ちづる、久本雅美、麻木久仁子、中村メイコなど。特に中村メイコは年長だが、言い方は「(ってる)〜わよ」ではなく「(ってる)〜よ」。

これに対し、逆に男性語に特有の「〜だぜ」「〜だぞ」や「〜したまえ」の代わりに、「〜のよ」や「〜なの?」、「〜しようね」といったソフトな表現を好んで使う男性も少なくない(それに従った「〜のよ」言葉を使うCMも出てしまっている。これには男性の女性化を助長すると批判がある)。

なお、普遍的な女性語がほぼ失われた現在でも、一人称においては今なお男女差がはっきりしており、女性が「僕」「俺」などという言葉を使うことには根強い抵抗感がある

2009年03月16日

小雲取越え

小雲取越え [編集]
小雲取越えは、雲取越えの道の後半部をなし、小和瀬から請川(田辺市、旧本宮町)を結び、熊野本宮大社に至る。小口を発ち、小和瀬の渡し場跡で赤木川にかかる橋を渡ると、登山口である。ルート最高地点の桜峠(466m)まで続く急坂を一気に登りきると、あとはしばらく緩やかな尾根道が続く。林道交叉から如法山の斜面を巻き上げて、最大のビューポイントである百間ぐらである。ここを過ぎると、残りはほとんどが下り坂である。熊野川が視界に入ってくると間もなく川辺に出て、国道168号線沿いの請川の集落内にたどり着く。本来はここから熊野本宮大社旧社地に向かうが、この区間は国道になっている。
バク転 ルーシュ ハーブ シニカ テンペラ オーソー スラウ タナトス パンヤゾ いす 夢のカケラ コテージ リターン シーバー ディズム 不死鳥 パドボ 無邪気 アニン シノプシ クリア ラック 君の左手 ライム テストケー ダラス バイア ツルグミ めじり パントモ ニュー ニング エカナ ルノワー シング スカイブル マルメロ パジャマ こむぎ ズボン ウエハース きょうりん ステラ リレー きんかん ドレナ スキーリ パラメデ ローフ アイスティー

なお、『紀伊続風土記』の記述によれば、小雲取越えとして今日知られているルートは新道であるという。すなわち、小雲取越えの途中、如法山(610m)から東に方向を変え、番西峠(ばんぜとうげ、現在は萬才峠と書く)を越える番西道(ばんぜみち)を経て、志古に下り、熊野本宮大社まで熊野川沿いに北上するルートが本道であったという。事実、『山家集』には西行による次のような歌が収録されている。

雲取や志古の山路はさておきて 小口が原のさびしからぬか

? 『山家集』

小雲取越えの名は、近傍に「小雲取山」という特定の山がないこと(小雲取越えの尾根道周辺の山を指す総称として用いられることはある)、大雲取越えの場合に同じく最高地点でも1000mにはるかに満たないことなどからすると、厳しい山道であることを強調した表現、または、大雲取と対をなすことから付けられた名と考えられる。

以下のような名所・古跡がある。

百間ぐら(ひゃっけんぐら)
「百間座」とも記す。雲取越えで最高の眺望点。北西方向に視界が開け、果無山脈や大塔山系の山々を遠望する。
茶屋跡
椎の木茶屋跡・桜茶屋跡・石堂茶屋跡・松畑茶屋跡などの茶屋跡があり、西国巡礼の往時の賑わいを偲ばせる。

交通機関 [編集]
請川・熊野本宮大社へは、新宮駅より奈良交通[1]・熊野交通[2]の路線バス約1時間。または、大和八木駅より奈良交通特急バス約5時間30分。

小口・小和瀬へは、新宮駅から熊野交通バス約50分(直通、ただし便数少)。または、新宮駅から熊野交通・奈良交通で神丸下車、熊野交通バスに乗り換え、合計約50分。

那智山へは、JR紀勢本線那智駅または紀伊勝浦駅より熊野交通バス約15?20分。

2009年02月26日

パワーパフガールズ

そもそもはマクラッケンが1992年に製作した「Whoopass Stew:A Sticky Situation」に登場する「Whoopass Girls」が原型である。改題後95年からショートアニメとして放映、その後一つのシリーズとして成立し、98年より正式放映が開始されたものである。DCコミックからコミック版も出版された。

アメリカでは1998年11月から30分番組として放映開始。日本では2001年1月10日-2001年12月23日にかけてテレビ東京にて放映(51話まで・総集編含む)。2001年10月5日よりカートゥーンネットワークでも放送開始。地上波での放送が終了した後も同じキャストで放送継続されている。ラインナップを一定期間毎に変更していくカートゥーンネットワークにおいて唯一、放送が中断されていない作品である。

当初はカートゥーンネットワークで日本初放映される予定で、独自の翻訳・キャストによる吹き替え収録が26話分まで進められていたが、諸事情で地上波放映が先になったためお蔵入りとなった。2003年9月22日・9月23日の2日間にかけ、カートゥーンネットワークにて当時収録されたバージョンが『パワーパフガールズ・アンダーグラウンド』として放映された。

現在地上波では、TOKYO MXで放映している。また、携帯サイトはテレビ東京ブロードバンド株式会社にて運営されている。

中国では「飛天小女警」というタイトルの中国語吹き替え版が中国中央電視台で放送されていた。なお、ガールズの各メンバーの名前はブロッサムは花花、バブルスは泡泡、バターカップは毛毛という名称になっていた。

日本やアメリカ、中国のみならず世界で160ヶ国も放送され、子供たちを中心に大ブレイクし、現在、「トムとジェリー」と並んでカートゥーンネットワークの代表作として知られている。

ストーリー
1人の科学者、ユートニウム博士が、砂糖とスパイスと素敵な物をいっぱい(Sugar, spice and everything nice. マザー・グースの一節に由来)混ぜて可愛い女の子を作る実験中に、間違えて「ケミカルX」を一緒に混ぜてしまった為、スーパーパワーを持った3人の幼稚園児が誕生してしまい、3人はタウンズビル[1]の街を守るスーパーヒロインとして悪と戦う。ストーリーは通常2話オムニバス形式(1話のみの場合もある)。

作風
大胆にデフォルメされたキャラクターを始め、ポップでレトロ・モダンなデザインが目を惹き、ストーリーも日本のロボットアニメや特撮を一部意識しているとみられるが、単なる勧善懲悪でなく、一見可愛らしい絵柄と裏腹なややグロテスクな描写や、既存のスーパーヒーローや名作映画等のパロディ、話によっては正義の味方のはずのガールズが図らずも破壊活動や悪事をしてしまうオチなど、不条理やブラックユーモアをも含む内容が作品独自の持ち味となっている。

パワーパフガールズ
ブロッサム(Blossom)
声 - 麻生かほ里(アンダーグラウンド(以下、UG)版 - 笠井律子、英 - キャシー・キャバディーニ)
パワーパフガールズのリーダーで、ガールズの指令塔を果たす。すてきな物分が多い。服と目の色はピンク。オレンジ色のポニーテールに赤いリボンをつけていて、髪の毛を大事にしている。しかしバブルスとバターカップに髪の毛を切られ、ものすごく悲しんだ事がある。比較的冷静で頭脳明晰、数学が得意だが、プライドが高く、まじめで融通が利かない面もある。得意技は氷の息(1度は全部使ってしまったが、その後再び使えるようになった)。中国語を練習中である(『博士を止めて!』の回で初めて披露したが、博士曰く「意味がハッキリ分からない」)。桜の花がパッと開いたように喋り始めたので「ブロッサム」と名づけられた。
バブルス(Bubbles)
声 - 南里侑香(UG版 - 間宮くるみ/英 - タラ・ストロング)
服と目の色は水色。金髪を二つに分けて結んでいる。砂糖分が高い。スペイン語をはじめ多くの言語を操り、動物とも会話ができる。お絵描きが大好き。無邪気で泣き虫、甘えん坊。素直すぎる性格故に敵に騙されたりトラブルを起こしたりすることも。タコのぬいぐるみのオクティ(「オクトパス」からきた名前)を大事にしている。レオナルド・ディカプリオのファンであり、ガールズに映画出演の話が来た際には「レオ様」とつぶやき、会うことを楽しみにしていた。泡がパチンと弾けたように笑いだしたので「バブルス」と名づけられた。
バターカップ(Buttercup)
声 - 池田有希子(UG版 - 三浦智子/英 - エリザベス・デイリー)
服と目の色は黄緑。ショートボブの黒髪。男勝りで負けん気が強く、タフで短気でケンカっ早い。しょっちゅうバブルスをからかう。お風呂が大嫌い。スパイス分が多い。Bが頭文字につく他の2人に合わせて「バターカップ」(キンポウゲの意)と名づけられた(buttercupには他に「元気な女の子」という意味も含まれている)。

タウンズヴィル市民
ユートニウム博士(Professor Utonium)[2]
声 - 安崎求(UG版 - 中田雅之/英 - トム・ケイン)
パワーパフガールズを作った博士で、3人の父親代わり。3人をきちんと育てつつ、様々な発明品を作るが、どこか抜けているところがある。ミス・ベラムとキーン先生は小学生時代の同級生である。独身。
市長(Mayor)
声 - 石住昭彦(UG版 - 鈴木勝美/英 - トム・ケニー)
名前の通りタウンズヴィルの市政を司る立場にあるが、ほとんど遊び暮らしており、実務は秘書のミス・ベラムに任せきり。性格は子供っぽく陽気。キュウリのピクルスが大好物。パワーパフガールズをいつも頼りにしていて、事件が起こると直通のホットラインでガールズを呼ぶ。経・緯度の知識でガールズを救ったことも。
ミス・ベラム(Ms. Sara Bellum)
声 - 高乃麗(UG版:佐藤ゆうこ/英:ジェニファー・マーティン)
常に市長のお供をする知的で見事なスタイルの秘書。本名はサラ・ベラム。市長よりはるかに背が高く、いつも顔は画面からはみ出している。頭部が映し出される場合でも、彼女自身の髪の毛やそのほかの障害物によって隠され、一度も素顔は現れない。市長以外のキャラクターも顔を見たことがないらしい。名前の由来はcerebellum(小脳)、もしくは往年の大女優サラ・ベルナール。
なお、1951年にユートニウム博士と小学校低学年の同級生であり、つまり実年齢は…。
キーン先生(Ms. Keane)
声 - 込山順子(UG版 - 佐藤ゆうこ/英 - ケイス・スシー→ジェニファー・ヘイル)
ガールズの通うポーキー・オークス幼稚園の先生。みんなから慕われているやさしい女性だが、怒ると怖い(特に顔が)。
トーキング・ドッグ(または『しゃべる犬』)(The Talking Dog)
声 - 小堺一機(UG版 - 山崎たくみ/英 - トム・ケイン)
なぜか人間の言葉を話すことができる不思議な犬だが、性格はかなり悪い上にしゃべりすぎるのが欠点。車の運転も出来るなど、手が器用である。ある事件の証言を聞きだすために一時ガールズの家で保護されていた。

悪者
モジョ・ジョジョ'(Mojo Jojo)
声 - 石井康嗣(UG版 - 中田雅之/英 - ロジャー・L・ジャクソン)
パワーパフガールズ最大の敵であるチンパンジー。ケミカルXを浴びて知能が発達し、帽子の下は巨大化した脳ミソがむき出し。かつてはユートニウム博士のペットである普通のチンパンジーで「ジョジョ」と呼ばれていた。ガールズ誕生後「博士がガールズに興味を持ったため、家出して敵になった」と本人は言っているが、実際は元々いたずら好きで、ある日、博士の邪魔をしていた時にケミカルXの貯蔵してあった瓶が割れ、パワーパフガールズが誕生した。その後、家から追い出され、復讐を果たすためにモジョ・ジョジョを名乗るようになった。火山の上の展望台を住処にし、打倒ガールズと世界征服の為の兵器を開発したり様々な悪事に勤しむ。独特の回りくどいしゃべり方をする(本人は「自分は率直にものを言う」と主張)。発明だけでなく、料理の手際もかなりのものだが、手際だけで味はマズい。怒ると目が真っ赤になり、続いて顔中が赤く染まり、野生のチンパンジーに戻ったかのような鳴き声を上げて物に当たる。趣味は船の模型作り。映画版ではケミカルXを脳に直接注入し、大幅なパワーアップをしてガールズと再度激突する(火炎放射、体毛ミサイル、超音波等を使用)が、結局はキングコングよろしくビルに登った後「はいオニ!」というセリフと共に突き落とされ、解毒剤Xで元の姿に戻った(但し脳は大きいままである)。元ネタは宇宙猿人ゴリと思われる。ただしヘルメットデザインはザ・カゲスターから。
カレ(Him)[3]
声 - 園岡新太郎(UG版 - 鈴木勝美/英 - トム・ケイン)
ハイヒールのロングブーツを履いて両手はザリガニのハサミのような形状をした、赤い肌のスレンダーな悪魔。普段は裏声のオネエ口調だが、キレると男言葉になり、汚い言葉をしゃべる。体型を維持するためにエアロビをしている。心理攻撃や催眠術を得意とする。本名があるのだが、作中の人物らはみなカレへの恐れのあまり(実際には、アメリカでは「悪魔」に相当する言語が子供向け番組の倫理規定に抵触にするため)、たとえ面と向かっている時でもそれを口にせず彼(カレ)と呼んでいる。作中でも屈指の強敵であり、他の悪者達にも一目置かれ存在である。ガールズがタイムスリップした50年後では街を支配し、得意の心理攻撃でガールズを窮地に陥れた。本人曰く「同じ悪さはしない主義」。タウンズヴィルのどこかでレストランを経営しているが、味は大した事が無く値段も高め。
ファジー・ラムキンズ(Fuzzy Lumpkins)
声 - 松山鷹志(UG版 - 山崎たくみ/英 - ジム・カミングス)
なまり言葉で山奥に住み、自分の縄張りに入られる事と自分の持ち物に触れられる事を極度に嫌う癇癪持ち。バンジョーが趣味。ひょんなことからタウンズヴィル市長に就任したことがある。全身ピンクの毛むくじゃらで触覚を持つ謎の生物だが、同種の仲間がいる。
プリンセス(Princess Morbucks)
声 - 岩坪理江→西村ちなみ(UG版 - 荒井静香/英 - ジェニファー・ヘイル)
ガールズの幼稚園の同級生で家は大金持ち。甘やかされていて、かなりのワガママ。ガールズの一員になりたがり、拒まれて逆恨みしている。金にあかせて強力な武器兵器を身につけたり、モジョを買収したりしてガールズを倒そうとするが、その度に返り討ちにあって逮捕される(ガールズにも武器・兵器(ブロッサムには『反物質撒き散らし爆弾』を搭載したF-22の様な戦闘機、バブルスにはレーザー砲塔を搭載したモーターボート、バターカップには同じくレーザー砲塔を搭載した戦車)を与えて味方に一時なったが、またしても失敗した)。泣き虫だが、懲りたり反省はしない。
セデューサ(Sedusa)
声:日下由美(UG版 - 佐藤ゆうこ/英 - ジェニファー・ヘイル)
髪の毛を自在に操る女悪党。変装が得意で、ミス・グッドレディーと名乗って博士を誘惑したり、ミス・ベラムになりすまし市長を誘惑したりした。ベラムの事件ではガールズとミス・ベラムに髪を切られて刑務所に入れられた。名前の由来はギリシャ神話の怪物メデューサとseduce(誘惑する、そそのかす)。
ギャングリーン・ギャング(The Gangreen Gang)
緑色の体をした、5人組の不良少年集団。一時的に特殊能力を身につけたり、セデューサを「女王様」と崇め悪事を手伝った事がある。ガールズにいたずら電話をして、被害にあったモジョ、ファジー、カレにボコボコにやられた事もある。赤塚不二夫風のルックスが特徴。GangreenはGangrene(壊疽)とGreenから。
エース(Ace)
声 - 園岡新太郎(UG版 - 鈴木勝美/英 - ジェフ・グレン・ベネット)
ギャングリーン・ギャングのリーダー。サングラスをかけた長髪の男。バターカップの初恋の相手。
リトル・アートロ(Little Arturo)
声 - 高乃麗(UG版 - 岡田貴之/英 - トム・ケニー)
小柄な体型を活かし、狭い場所に入ったり、素早い動きを得意とする。
ビッグ・ビリー(Big Billy)
声 - 西凛太朗(UG版 - 中田雅之/英 - ジェフ・グレン・ベネット)
のんびりしていて、怪力を得意とする巨漢。実は一つ目。ガールズに命を救われ、恩返しに手伝いをした事も。
スネーク(Snake)
声 - 佐藤晴男(UG版 - 山本尚弘/英 - トム・ケニー)
蛇のような風貌で「?ッス」が口癖。帽子を被っている。
グラバー(Grubber)
声 - 西原純(英 - ジェフ・グレン・ベネット)
声マネや変身が得意。普段は唾を噴きつけるような音を発するのみでしゃべらない。眼球が飛び出しているゾンビ風の男。
アメーバ・ボーイズ(The Amoeba Boys)
立派な犯罪者になろうと頑張るアメーバの3人組だが、いつも失敗ばかりで犯罪者になることができない。しかし病原菌をふりまいたり分裂したりと、本人らが意図せずにすごい悪事を働くこともある。
ボス(Bossman)
声 - 松山鷹志(UG版 - 山崎たくみ/英 - チャック・マッキャン)
ジュニア(Jr.)
声 - 園岡新太郎(UG版 - 岡田貴之/英 - チャック・マッキャン)
スキニー(Skinny)
声 - 佐藤晴男(UG版 - 山本尚弘/英 - チャック・マッキャン)
ラウディラフボーイズ(The Rowdyruff Boys)
モジョがガールズに対抗するために刑務所の独房の中で作った男の子たち。囚人の脇毛・カタツムリ・犬の尻尾(ガールズ同様マザー・グースの一節に由来)に、ケミカルXの代わりにトイレの汚水を混ぜて作った。戦闘能力はガールズを凌ぐが、ガールズのキス攻撃(ミス・ベラム曰く「男の子の弱点」)によって倒され、元の材料に戻る。後にカレの魔力によってパワーアップして復活(初登場時と若干デザインが異なる)。復活させる際、カレがボーイズの弱点がキスであると気付き、逆にキスをすると巨大化するという細工をした。しかし恥ずかしい目に逢う、爆笑するなど力を抜くと巨大化が解けるという新たな弱点が出来てしまい、それをガールズに見抜れ、豆の様なサイズに縮められてカレに抹消された。その後も何度か登場している。
ブリック(Brick)
声 - 丹宗立峰(英:ロブ・ポールソン)
ラウディラフボーイズのリーダー。服と瞳の色は赤。ブロッサムに似ている。赤い帽子をかぶる。性格はいばり屋。
ブーマー(Boomer)
声 - 栗津貴嗣(英 - ロブ・ポールソン)
ラウディラフボーイズの1人。服と瞳の色は青。バブルスに似ている。性格はマイペース。他の二人には、それがのろまに映るらしい。バブルスが彼に変装してなりすましたことがあった。
ブッチ(Butch)
声 - 松澤重雄(英 - ロジャー・L・ジャクソン)
ラウディラフボーイズの1人。服と瞳の色は緑。バターカップに似ている。性格は粗暴。
ブギーマン(The Boogie Man)
声 - 山形ユキオ(英 - ケビン・マイケル・リチャードソン)
闇の魔物達の親分。日の光に弱いので普段は地下で暮らしていたが、地上を支配する機会を窺っていた。地上に出て来るときにミラーボールという技で太陽を隠した。妖怪のブギーマンが元ネタ。
ローチ・コーチ(Roach Coach)
声 - 不明(英:ロジャー・L・ジャクソン)
薄汚いパンツ一丁の男。たくさんのゴキブリを操り街を支配しようとした。その正体は人間ではなく、一匹のゴキブリが操るロボットであった。
メイジャーマン(Major Man)
声 - 忍野タケル(英 - ジェフ・グレン・ベネット)
偽ヒーローとしてタウンズヴィルにやってきた。ガールズの人気を奪うことにより、精神的苦痛を与えた。最終的にガールズに騙され、自作自演だと白状した。
アブラカダーヴァ(Abracadaver)
声 - 松山鷹志(英 - フランク・ウェルカー)
魔術を使うゾンビ。生前は人気マジシャンのアル・ルージョン(Al Lusion)であったが、ある少女(ブロッサム似)がきっかけとなり恥を晒しながら事故死する。そのためゾンビとなって甦り復讐を果たそうとする。名前の由来はAbracadabraとCadaver(死体)。
眠りの精(Sandman)
声 - 佐山陽規(英 - グレッグ・イーグルス)
夜になった時に世界中の人々を眠らせるのが仕事であるが、自分は眠れないため、世界中の人間たちを永久に眠らせようとする。ガールズに悪夢を見せられ、その後は寝るのが嫌になる。
ミスターマイン(Mr. Mime)
声 - 丹宗立峰(英 - トム・ケニー)
元の姿はピエロのレインボウ(Rainbow the Clown)。漂白剤を浴びて体が白黒になる。街を白黒にすることにより、人間を再起不能にしようとするが、ガールズにお仕置きされる。
レニー・バクスター(Lenny Baxter)
声 - 西凜太朗(英 - トム・ケニー)
パワーパフガールズオタクの男。ガールズのグッズを収集していたが、やがてそれがエスカレートして本物のガールズを自分のものにしようとし、ガールズを誘拐した。しかし博士に説教されて思い直し、ガールズを解放する。コレクションの箱や袋を開けると精神に強い苦痛がはしる。
パッチーズ(Patches)
マイク少年に空想上の友達として近寄る。ガールズが同じく空想の世界でつくったラビットガールに倒される。
ラージヒル ニズム グアナコ キナパー レール ソング ジョッキー ロール ヒアシン オイヒバ アース ピーピーシー ダイエ バッグ リプレース おたま キング アルタイ キング マネキ ぴんぞろ エッジ プロテク ニバナ ヒッチハイ ひこうき ハバネロ ハムエ てんえい プリオン 相合傘相 マッサ ヤダケ ビネガー ファンド イヌイッ モルドバ コマソン カートン てんま りゅうちょう アラス マヌカン アナカン セフレ デビュー スリッペ ノンプロ ライトノ たいむ

キティー(Kitty)
声 - 渋谷哲平(英 - マーク・ハミル)
一見普通のネコだが、言葉を話し催眠術を使う。ユートニウム博士を操り、ネコが支配する世界を作ろうとした。
ファム・ファタル(Femme Fatale)
声 - 甲斐田ゆき(英 - グレイ・デライル)
フェミニストの女怪盗。女性参政権獲得に活動したスーザン・アンソニーが刻印された1ドルコインばかりを盗む。女性差別を主張し、ガールズを口車に乗せるが…。
マスクスカラ(Mask Skara)
声- 雨蘭咲木子(英 - フィリス・ディラー)
元々は化粧品会社の女社長だったが、流行の変化により化粧品の売上げが低迷、会社が倒産して悪の怪人となった。巨大な化粧道具を武器にし、タウンズヴィル中に派手なメイクをする。化粧にちなんだダジャレをよく使う。名前の元ネタは化粧品のマスカラから。

その他
ナレーター(Narrator)
声 - 小堺一機(UG版 - 山崎たくみ/英 - アーニィ・アンダーソン→トム・ケニー)
「ここはおなじみタウンズヴィル!」「今日もみーんな救われた、サンキュー、パワーパフガールズ!」が決まり文句。時々本編の中に干渉し、登場人物から叩かれたり、モジョに監禁されてナレーターの座を奪われた事もあった事から、ただのナレーターではない事が窺える。
ブレット(Bullet the Squirrel)
ケミカルXで、ガールズと同様のスーパーパワーを持ったリス。ガールズに目がそっくり。ガールズと別れて森の平和を守っているが、タウンズヴィルがリスの大群に襲われた事を知り駆けつけた事があった。
バニー(Bunny)
声 - 不明(英:クリスティーン・カヴァナー)
ガールズが街を救う手伝いをしてくれる妹を作り出そうと、自分たちで「お砂糖」と「スパイス」と「素敵なものいっぱい」、そしてケミカルXを使って誕生させた。服と目の色は紫で髪は茶色。しかし材料に人工甘味料など不純物が多かったため、可愛くないというより醜悪な巨体で頭も非常に悪く善悪の区別がつかず、街を救うどころかメチャクチャにしてしまう。その後、囚人達に囲まれたガールズを何とか助け出すものの、最後には爆発して消えてしまい、元の材料に戻ってしまった。
ダイナモ(Dynamo = Dynamic Nanotechtronic Monobot)
ユートニウム博士がガールズの身を心配する余り作った、ガールズ3人が搭乗する戦闘用巨大ロボット。全身からミサイルを一斉発射出来るが目標には命中せず、完全防御形態になれるが周りの破壊に利用されてしまう。そのため戦闘後は辺り一面が火の海になってしまう。ちなみに頭部にあるリボンはハサミになるが、意外と脆い。市長が乗って遊んだが為にタウンズヴィルを破壊したことがあるが、その時は何故かミサイル等がガールズに命中した。
エルマー (Elmer Sglue)
ガールズの幼稚園の同級生で、糊を食べていたため皆からいじめられる。放射能汚染されたハエを誤って食べて巨大化してしまう。ガールズとの戦いで元に戻り、クラスの皆に謝罪を求めていた。水木しげる風のルックスが特徴。
グローリー少佐(Major Glory)
声 - 遊佐浩二(英 -ロブ・ポールセン)
『デクスターズラボ』にも登場したアメリカ的ヒーロー。ガールズを小馬鹿にし、男のヒーロー(バルヘーレン他『デクスターズラボ』に登場していたキャラなど)を多数従え侵略してきた宇宙人と戦ったが呆気なく惨敗した。
フレッド
怪獣だがガールズの友達。いいように活躍するメイジャーマンを騙すためにガールズに協力し、町で暴れまわった。

2009年02月10日

平安時代

平安時代(へいあんじだい、794年-1185年/1192年頃)とは、794年に桓武天皇が平安京(京都)に都(首都)を移してから、鎌倉幕府の成立までの約390年間を指す日本の歴史の時代区分の一つ。京都におかれた平安京が、鎌倉幕府が成立するまで政治上の唯一の中心だったことから平安時代と称する。
フィルター ダミー ドライブイ とっこ クーガー ミズム ソリッド カカオ ゲルサンド ザ・サボイ ソケット ジュート デイオ シェークス 澪標恋 フォーラ フーディア 自由の幻想 スペアリブ オーバー スペイン ピーエル スポッタ サチュ レンツェ リベラル インダー かえる ロウバ パイロ メーン フォックス ブラック シロヤ ブロー パトロー フラダンス タイボ ドジェ ひらない ちょうらく ニワウメ テディ コールド マナイ ザック ローブロ デーション ソール フライ

平安前期は、前代(奈良時代)からの中央集権的な律令政治を、部分的な修正を加えながらも、基本的には継承していった。しかし、律令制と現実の乖離が大きくなっていき、9世紀末?10世紀初頭ごろ、政府は税収を確保するため、律令制の基本だった人別支配体制を改め、土地を対象に課税する支配体制へと大きく方針転換した。この方針転換は、民間の有力者に権限を委譲してこれを現地赴任の筆頭国司(受領)が統括することにより新たな支配体制を構築するものであり、これを王朝国家体制という。王朝国家体制期は、通常古代の末期に位置づけられるが、分権的な中世の萌芽期と位置づけることも可能であり、古代から中世への過渡期と理解されている(日本文学史研究においては「中古」という表現も用いられている)。

王朝国家体制の下では、国家から土地経営や人民支配の権限を委譲された有力百姓(田堵・名主)層の成長が見られ、彼らの統制の必要からこの権限委譲と並行して、国家から軍事警察権を委譲された軍事貴族層や武芸専門の下級官人層もまた、武士として成長していった。国家権限の委譲とこれによる中央集権の過大な負担の軽減により、中央政界では政治が安定し、官職が特定の家業を担う家系に世襲される家職化が進み、貴族の最上位では摂関家が確立し、中流貴族に固定した階層は中央においては家業の専門技能によって公務を担う技能官人として行政実務を、地方においては受領となって地方行政を担った(平安貴族)。この時期は摂関家による摂関政治が展開し、特定の権門が独占的に徴税権を得る荘園が、時代の節目ごとに段階的に増加し、受領が徴税権を担う公領と勢力を二分していった。

11世紀後期からは上皇が治天の君(事実上の君主)となって政務に当たる院政が開始された。院政の開始をもって中世の開始とする見解が有力である。院政期には荘園の一円領域的な集積と国衙領(公領)の徴税単位化が進み、荘園公領制と呼ばれる体制へ移行することとなる。12世紀中期頃には貴族社会内部の紛争が武力で解決されるようになり、そのために動員された武士の地位が急速に上昇した。こうした中で最初の武家政権である平氏政権が登場するが、この時期の社会矛盾を一手に引き受けたため、程なくして同時多発的に全国に拡大した内乱により崩壊してしまう。平氏政権の崩壊とともに、中央政府である朝廷とは別個に、内乱を収拾して東国の支配権を得た鎌倉幕府が登場し、平安時代は幕を下ろした。

政治史
平安前期
平等院鳳凰堂(京都府宇治市)奈良末期の宝亀元年(770年)の称徳天皇が崩御し、天智天皇系の光仁天皇が60前後という高齢ながらに即位した。天武天皇以来の皇統は、以前より盛んだった天武系皇族間での相次ぐ政争によって継承順で繰り上がった天智天皇系の白壁王(光仁天皇)が継承した。未だ天武系の皇族の影響があるなか、光仁天皇崩御後に桓武天皇が即位した。桓武天皇は歴代天皇の中でも遷都を二回も行うほどの強権を誇ったが、光仁天皇即位まではあまり恵まれた境遇ではなかった。天武系でなければ即位すら出来なかった時代に天智系の光仁天皇(当時は白壁王)の第一皇子として生まれ、立太子は行われず(通常、継承順位が高ければ生まれると同時に行われた)、日々の暮らしに困憊するほどであった。以後、時の権力者となった桓武天皇の影響により、現在まで天武系の皇族は皇位に即いていない。奈良時代は天武系の、平安時代は桓武天皇に続く天智系の時代であったといえる。

桓武天皇は新王朝の創始を強く意識し、自らの主導による諸改革を進めていった。桓武の改革は律令制の再編成を企図したものであり、その一環として桓武は平城京から長岡京、さらには平安京への遷都(794年)を断行した。平安遷都は、前時代の旧弊を一掃し、天皇の権威を高める目的があったと考えられている。また、その様式には強く唐風の物があり、奈良とは異なった。

桓武(781年?806年)以下数代においては、天皇が直接に政治を行う天皇親政の時代だった。政治を司る太政官の筆頭官も親王らが占めていた。この時期は、律令制の再建へ積極的な取り組みがなされ、形骸化した律令官職に代わって令外官などが置かれた。また、桓武は王威の発揚のため、当時日本の支配外にあった東北地方の蝦夷征服に傾注し、坂上田村麻呂が征夷大将軍として蝦夷征服に活躍した。

称徳天皇で断絶した天武皇統の教訓を踏まえ、桓武は多数の皇子をもうけた。桓武の死後、皇子らは順番に皇位につくこととし、桓武の次代の平城天皇は桓武に劣らぬ積極的な改革を遂行した。平城は弟の嵯峨天皇に譲位した後も執政権を掌握し続けようとしたが、それを嫌った嵯峨との間に対立が深まり、最終的には軍事衝突により嵯峨側が勝利した(810年、平城上皇の変)。この事件以降、12世紀中葉の平治の乱まで中央の政治抗争は武力を伴わず、死刑も執行されない非武力的な政治の時代が永らく続くこととなった。

嵯峨治世初期は、太政官筆頭だった藤原園人の主導のもと、百姓撫民(貧民救済)そして権門(有力貴族・寺社)抑制の政策がとられた。これは、律令の背景思想だった儒教に基づく政策であったが、園人の後に政権を握った藤原冬嗣は一変して墾田開発の促進を政策方針とした。律令制の根幹は人別課税だったが、冬嗣は土地課税を重視し、かつ権門有利を志向したのである。820年代から多数設定され始めた勅旨田や同時期に大宰府管内で施行された公営田も、冬嗣路線に則ったものとされている。冬嗣は嵯峨天皇の蔵人頭として活躍し、それを足掛かりとして台頭した。また、嵯峨治世期には、各種法令の集大成である弘仁格式が編纂・施行された。

冬嗣の子、藤原良房も冬嗣の路線を継承し、開墾奨励政策をとった。当時、課税の対象だった百姓らの逃亡・浮浪が著しく、租税収入に危機が迫っていた。冬嗣・良房は墾田開発を促進し、土地課税にシフトすることで状況に対応しようとしたのである。良房は、政治権力の集中化も進めていき、そうした中で応天門の変(866年)が発生した。この事件は、藤原氏による他氏排斥と理解されることが多い。良房執政期を中心とした時期は、政治も安定し、開発奨励政策や貞観格式編纂などの成果により、貞観の治と呼ばれている。

良房の養子、藤原基経もまた、良房路線を継承し土地課税重視の政策をとった。基経執政期で特徴的なのが、元慶官田の設置である。それまで中央行政の経費は地方からの調・庸によっていたが、畿内に設定した官田の収益を行政経費に充てることとしたものである。

887年に即位した宇多天皇は、その数年後に基経が死去すると天皇主導の政治を展開するようになる。冬嗣から基経まで、権門に有利な政策が実施されてきたが、宇多は権門抑制策そして小農民保護策を進めていった。宇多のもとでは藤原時平と菅原道真の両者が太政官筆頭に立ち、協力しながら宇多を補佐していた。この宇多治世は寛平の治という。宇多が醍醐天皇に譲位するとにわかに時平・道真の対立が深まり、道真が失脚することとなった(901年昌泰の変)。

実権を握った時平は宇多路線を引継ぎ、権門抑制と小農民保護を遂行していった。宇多以来の路線は律令制への回帰を志向したものであり、時平執政期の902年に発布された班田励行令は、まさに律令回帰を顕著にあらわしているが、これが史上最後の班田実施となった。また、律令回帰を目指す法令群である延喜格式が編纂されたのもこの時期であり、これら諸施策は後代、理想的な政治とされ、延喜の治と呼ばれた。

平安中期
時平の死後、弟の藤原忠平が太政官首班となった。忠平は律令回帰路線に否定的であり、土地課税路線を推進していった。忠平執政期ごろに、有力百姓層(富豪層)へ土地経営と納税を請け負わせる名体制もしくは負名体制が開始しており、この時期が律令国家体制から新たな国家体制、すなわち王朝国家体制へ移行する転換期だったと考えられている。

忠平期を摂関政治の成立期とするのが通説である。それ以前の藤原良房の時から藤原北家が摂政・関白に就いて執政してきたが、発展段階の摂関政治だったとして初期摂関政治と区別されている。忠平以降は朝政の中心としての摂関が官職として確立し、忠平の子孫のみが摂関に就任するという摂関政治の枠組みが確定した。ただし、摂関政治においても摂関が全ての決定権を握っていたのではなく、議政官が衆議する陣定の場でほとんどの政治決定が行われていた。

ところで、9世紀ごろから関東地方を中心として、富豪層による運京途中の税の強奪など、群盗行為が横行し始めていた(貞観の俘囚反乱・寛平・延喜東国の乱・僦馬の党)。群盗の活動は9世紀を通じて活発化していき、朝廷は群盗鎮圧のために東国などへ軍事を得意とする貴族層を国司として派遣するとともに、従前の軍団制に代えて国衙に軍事力の運用権限を担わせる政策をとっていった。この政策が結実したのが9世紀末?10世紀初頭の寛平・延喜期であり、この時期の勲功者が武士の初期原型となった。彼らは自らもまた名田経営を請け負う富豪として、また富豪相互あるいは富豪と受領の確執の調停者として地方に勢力を扶植していったが、彼ら同士の対立や受領に対する不平が叛乱へ発展したのが、忠平執政期の940年前後に発生した承平天慶の乱である。朝廷の側に立ち、反乱側に立った自らと同じ原初の武士達を倒して同乱の鎮圧に勲功のあった者の家系は、承平天慶勲功者、すなわち正当なる武芸の家系と認識された。当時、成立した国衙軍制において、「武芸の家系」は国衙軍制を編成する軍事力として国衙に認識され、このように国衙によって公認された者が武士へと成長していった。

忠平の死後、10世紀中葉に村上天皇が親政を行った。これを天暦の治といい、延喜の治と並んで聖代視された。

10世紀中葉から後期にかけて、ある官職に伴う権限義務を特定の家系へ請け負わせる官司請負制が中央政界でも地方政治でも著しく進展していった。この体制を担う貴族や官人の家組織の中では、子弟や外部から能力を見込んだ弟子に対し、幼少期から家業たる専門業務の英才教育をほどこして家業を担う人材を育成した。先述の武士の登場も、武芸の家系に軍事警察力を請け負わせる官司請負制の一形態とみなせる。

朝廷の財政は、地方からの収入によっていたが、特に地方政治においては、国司へ大幅な行政権を委任する代わりに一定以上の租税進納を義務づける政治形態が進んだ。このとき、行政権が委任されたのは現地赴任した国司の筆頭者であり、受領と呼ばれた。受領は、大きな権限を背景として富豪層からの徴税によって巨富を蓄え、また恣意的な地方政治を展開したとされ、その現れが10世紀後期?11世紀中期に頻発した国司苛政上訴だったと考えられてきたが、一方で受領は解由制や受領考過定など監査制度の制約も受けていた。いずれにせよ、受領は名田請負契約などを通じて富豪層を育成する存在であるとともに、富豪から規定の税を徴収しなければならない存在でもあり、また富豪層は受領との名田請負契約に基づいて巨富を築くと同時に中央官界とも直接結びついて受領を牽制するなど、受領の統制を超えて権益拡大を図る存在でもあった。

また、荘園が拡大し始めたのもこの時期である。10世紀前期に従来の租税収取体系が変質したことに伴い、権門層(有力貴族・寺社)は各地に私領(私営田)を形成した。このように荘園が次第に発達していった。権門層は、荘園を国衙に収公されないよう太政官、民部省や国衙の免許を獲得し、前者を官省符荘といい後者を国免荘という。こうした動きに対し、10世紀後期に登場した花山天皇は権門抑制を目的として荘園整理令などの諸政策を発布した。この花山新制はかなり大規模な改革を志向していたが、反発した摂関家によって数年のうちに花山は退位に追い込まれた。とはいえ、その後の摂関政治は権門優遇策をとった訳ではない。摂関政治で最大の栄華を誇った藤原道長の施策にはむしろ抑制的な面も見られる。摂関政治の最大の課題は、負名体制と受領行政との矛盾、そして権門の荘園整理にどう取り組むかという点にあった。

摂関政治による諸課題への取り組みに成果が見られ始めたのが、11世紀前期?中期にかけての時期である。この期間、国内税率を一律固定化する公田官物率法が導入されたり、小規模な名田に並行して広く領域的な別名が公認されるようになったり、大規模事業の財源として一国単位で一律に課税する一国平均役が成立するなど、社会構造に変革を及ぼすような政策がとられた。このため、10世紀前期に始まった王朝国家体制はより中世的な形態へ移行し、11世紀中期を画期として以前を前期王朝国家、以後を後期王朝国家と区分する。

11世紀前期には、女真族が北部九州に来襲する事変が発生した(1019年、刀伊の入寇)。

平安後期
厳島神社(広島県廿日市市)11世紀後期からは、中世に移行したと考えてよい。この時期までに郡司・郷司・負名層が自ら墾田して領主となる開発領主が登場しており、彼らは自領を権門へ寄進することで権利を確保していった。これを寄進地系荘園という。これに対応して、公領内部も郡・郷・保・条などに再編成されていった。これら荘園や公領は特定の領主が私有地として独占的な支配権を持つのではなく、支配単位ごとに上は収税権をもつ朝廷、権門から在地領主として地域に根を下ろした武士などを経て、下は名主層に至る、複数者の権利が重層的にからんでいた。各主体が保有する権利は「職」(しき)とよばれ、職が重層的な体系をなしていたことから、これを職の体系という。そして職の体系を基盤として11世紀後期?12世紀に成立した体制を荘園公領制という。平安後期の政治・経済史は、この荘園公領制の成立と深く関わっている。

11世紀中期までは摂関政治がある程度機能していたが、社会の変動に対応する政治的イニシアチブを摂関家と天皇のいずれもがとりえないという摂関政治の欠陥が露呈し、機能不全に陥っていった。同後期に登場した、外戚に藤原氏を持たない後三条天皇は天皇親政を行い、記録荘園券契所を設置して実効的な荘園整理を進める(延久の荘園整理令)など、当時の社会変動に伴う課題に自ら取り組んでいった。後三条の子、白河天皇も積極的に政治に取り組み、退位して上皇となった後は天皇家の長という立場で独自の政策を展開していった。これが院政の開始であり、院政を行う上皇を治天の君という。白河上皇は、自らの政策を企画・遂行するために中流貴族を院司とし、また院独自の軍事力として北面の武士を置いたり、当時、河内源氏に代わって武士の棟梁となりつつあった伊勢平氏を院司としたりした。

白河に続く鳥羽上皇も、白河以上の専制を展開した。伊勢平氏を実行部隊として日宋貿易に力を入れたり、荘園公領制の進展に伴って各地の荘園を集積するなど、経済的な支配力も強めていった。

12世紀に入ると、有力貴族などが特定の国の租税収取権を保有する知行国制がひろく実施されるようになった。知行国制は、荘園公領制の進展と軌を一にしたものであり、経済的利得権が権門勢家へ集中していったことを表している。

12世紀中期に鳥羽上皇が没すると、治天の君の座を巡って天皇家・摂関家を巻き込む政争が起こり、軍事衝突によって解決した(保元の乱)。続いて、数年後に再び政争が軍事衝突によって終結し(平治の乱)、両乱を通じて武士の政治的地位が上昇した。保元以前、武力で政争が解決した事例は平安初期の平城上皇の変にまで遡り、三百数十年ぶりの異変だったため、当時の人々に大きな衝撃を与えた。両乱で大きな勲功のあった平清盛は異例の出世を遂げ、後白河上皇の院政を支えた。しかし、次第に後白河と清盛との間に対立が見られるようになり、清盛は後白河院政を停止して、自らの政権を打ち立てた。これを平氏政権という。平氏政権は、貴族社会の中で成立したが、各地に地頭や国守護人を設置するなど最初の武家政権としての性格を持っていた。

平氏政権の支配に対して、貴族・寺社層から反発が出されるようになり、そうした不満を背景として1180年に後白河の皇子以仁王が反平氏の兵を挙げた。この挙兵はすぐに鎮圧されたが、平家支配に潜在的な不満を抱いていた各地の武士・豪族層が次々に挙兵し、平氏勢力や各地の勢力の間で5年に渡る内乱が繰り広げられたが、最終的に関東に本拠を置いた武家政権、すなわち鎌倉幕府の勝利によって内乱は終結した(治承・寿永の乱)。この乱の過程で鎌倉幕府は朝廷から東国の支配権、軍事警察権を獲得し、朝廷から独立した地方政権へと成長していた。鎌倉幕府の成立をもって新たな時代区分が開始したとされ、この時点が平安時代の終期とされている。

社会・経済史
8世紀に本格的に始まった律令制の根幹は、戸籍・計帳によって人民を把握し、課税の対象とする人別支配であった。しかし、奈良時代後期(8世紀後期)ごろから、課税から逃れたい人民らの偽籍・逃亡・浮浪が次第に顕著となっていった。

平安時代に入ってからその状況は一層進展した。平安時代初期の右大臣藤原園人は、貧民救済を主要政策として精力的に取り組んだが、貧民層の増大が課題となっていたことを物語っている。平安前期には、人民内部で少数の富豪層と大多数の貧困層(一般百姓層)へと階層の二極分化が進んだ。富豪層は院宮王臣家(皇族、有力貴族)と墾田開発などを通じて関係を結び、一般百姓層を自らの影響下へ置き始めていた。貧困層は、富豪層の影響下に入ることで、偽籍・逃亡・浮浪をより容易なものとし、人別支配に基づく課税制度は破綻を迎えるようになった。

平安中期のはじめごろ、朝廷は人別支配を放擲し、土地課税を基調とした支配へと移行し、それに伴って、地方に土着した貴族や郡司らに出自する富豪層は、国衙から名田経営と租税収取を請け負う田堵負名へ成長し、より一層経済力をつけていった。富豪層と一般百姓層の格差はますます増大し、一般百姓は次第に富豪の支配下に組み込まれていった。

文化・宗教史
平安初期の中央文化は、唐の影響を強く受けていた。桓武天皇は中国皇帝にならい郊天祭祀を行うなど、中国への志向が強かったと考えられている。桓武期には従来の日本に見られない中国仏教(天台宗、密教)が最澄、空海によって伝来され、以降の日本仏教の方向性を大きく規定づけることとなった(平安仏教)。こうした仏教の影響を日本古来の信仰も受けて、本地垂迹説があらわれて神仏習合が進んでいった。嵯峨天皇から清和天皇にかけての時期は、凌雲集などの漢文詩集が編纂されたり、唐風の書がはやるなど、唐風文化が花開いた。この唐風が非常に強い文化を弘仁・貞観文化という。

文化の国風化(日本化)の萌芽は、奈良時代から見られていたが、平安初期は唐風文化の影に隠れるかのようになっていた。しかし、唐風化の波が沈静化すると、ふたたび日本的な要素が文化の前面へと現れてきた。これが、平安中期ごろの国風文化である。特徴としては、平仮名・片仮名の発明で日本語の表記が容易になったことによる、和歌・日記・物語文学の隆盛、官衣束帯の登場(官服の国風化)、寝殿造の登場などがある。また、平安中期は、仏教の末法思想が人々に広く浸透し、浄土思想・浄土教が盛んとなった。民衆に仏教信仰が拡がったのもこの時期であり、空也や融通念仏の良忍などの僧が民衆の中で活躍した。

平安末期になると歴史物語・軍記物語などの時代を顧みる文学が芽生えた。天台仏教・山岳仏教が日本各地へ広がり、豊後国東半島(豊貴寺大堂など)や北陸地方(平泉寺など)などで動きが顕著であり、その他の地域でも三仏寺投入堂などがある。当時、民衆の間に今様という歌謡が流行し、後白河上皇により今様を集成した『梁塵秘抄』が編まれた。覚猷(鳥羽僧正)筆と伝えられ、人々の様子をユーモラスかつ活き活きとした姿で描いた鳥獣人物戯画もこの時代の作品である。

2009年01月24日

御殿場事件(ごてんばじけん)

はにー ファイバ ていん| ジェス オフス たけざお おはじき 一等星 アップ ファー イコノロジー プロテイ ローカル シンプ けん蔵 フリース メモリー はこだて マルチ パルプ シェーバー トライアン ミンク ブティッ 翠の月 ゲスロ コピペ シエラ ネガティブ ずいき ゼンマイ きない トロッ デニール プロデビー ハネム オフタ リヤカー ドーミー カーウォ ボーイ 三和音 ゾル ぎぼう 大逆転 小さい魔女 ソダラ 夢列車 ゴスロ マジッ

御殿場事件(ごてんばじけん)とは、静岡県御殿場市の御殿場駅近くで2001年9月に発生したとされる集団強姦未遂事件。被害者の証言に不可解な点もあり、被告人側は、強姦事件そのものが存在しない架空の事件であり冤罪であると主張している。

2001年9月16日の深夜に女子高校生(当時)が帰宅。母親に、遅くなった理由を「強姦された」と説明したため、静岡県警察御殿場警察署に被害届が提出された。

当初の事件の内容
発生日時
2001年9月16日の午後8時頃。
概要
部活動から帰宅中の女子高校生が、中学時代の同級生(被告人少年ら)に無理矢理手首をつかまれ御殿場駅から公園まで連行された。公園内で1時間ほど話をした後、被告人少年ら(10人)に強姦された。

変更後の事件の内容
発生日時
2001年9月9日
概要
中学時代の同級生(被告人少年ら)に声をかけられ、うれしくてついていった(強制ではない)。
強姦ではなく強姦未遂。

少年審判
逮捕された10人のうち9人(AないしI)に対して、2002年4月、静岡家裁沼津支部(姉川博之裁判長)は、

AないしDに対して、検察官送致
EないしHに対して、少年院送致
Iに対して、試験観察処分
を言い渡した。

残るJは、2004年3月、同支部の別の裁判官により、不処分の審判を言い渡された。

裁判の経緯

少年らのアリバイ
連日の取り調べで、逮捕された被告人少年らは9月16日の夜に犯行に至った事を自白した。しかし、裁判では「自白は強要されたものである」と一転して無罪を主張する。

9月16日の午後8時頃、被告人少年らは、

別の友人たちと飲食店に居た(従業員の証言や、注文伝票による)。
アルバイトのタイムカードの記録。
などのアリバイがある事から「犯行は不可能である」と主張した。

女子高校生のアリバイ(デート中)
女子高校生は、犯行があったとされる時間帯には御殿場駅ではなく富士駅におり、別の男性とデートをしていた事が判明した(携帯電話の通話記録から判明)。デートをしていた男性も証人として裁判に出廷し原告の帰りが遅くなった言い訳をどうするのと言う話になった際に原告自身が「"婦女暴行された"とか、そう言う言い訳をする」と話していたと証言している(TV朝日ザ・スクープの取材より)。このことが判明した後、被告人側は保釈を申請し認められた。

事件発生日の変更
女子高校生は、事件があったとされていた2001年9月16日に男性とデートしていた事は認めたが、事件そのものは否定せず同年9月9日に被害に遭ったと主張。

嘘をついた理由は、「親に男性とデートをしていた事を知られたくなかった」ため。
検察側は犯行日そのものを変更するという異例の訴因変更請求を行い、裁判所も請求を認めた。

事件日の変更の問題点
9月9日に犯行日が変更されたことにより、16日に犯行に及んだという被告人少年らの自白調書と矛盾する事になった。

被告人側は、このことは、警察が自白を強要したことを裏づけるものであると主張した。また、女子高校生の新しい供述と被告人少年らの自白調書の内容との矛盾点も多く、この事件は冤罪事件ではないかと見る者もいる(長野智子など)。

事件日(変更後)の天候
9月9日に犯行日が変更されてアリバイを証明できなくなった被告人側は、犯行当日の天候に注目した。 女子高校生は「犯行日は雨も降っておらず着衣も濡れなかった」「傘を差していた記憶もない」と証言していた。しかし、当日は台風15号が接近して大雨洪水警報が発令中であり、御殿場市周辺では雨が降っていた。「犯行現場の公園だけ雨が降らなかったはずがない」と被告人側は主張した。

事件現場から約500m離れた雨量計は「2mm以上の雨があった」と記録している。
事件現場から約200m離れた場所での交通事故の資料でも「雨が降っていた」と明記されている。

判決

一審(静岡地裁沼津支部)
2005年10月27日の一審判決では懲役2年の実刑判決が下された。高橋祥子裁判長(定年退官のため姉川博之裁判長が代読)は、「女子高校生は日時について嘘をついていたが、その理由は了解できるものであり、変更後の供述内容は十分信用できる」として女子高校生の証言を全面的に支持。天候の件は、裁判で重要な争点になることはなかった。被告人側は即日控訴し、保釈されている。

二審(東京高裁)
2007年8月22日の控訴審判決では、一審判決を破棄し、改めて懲役1年6月に減刑された実刑判決がなされた。中川武隆裁判長は、被害者の供述について、申告には問題があったが、日付を除いてほぼ一貫しているとして信用性を認め、被告人側の主張は退けられた。天候の件は事件現場周辺の2カ所の雨量計が0ミリであった(後に2ヶ所とも警察の記録間違いで実際は雨が降っていたことが判明)ので、事件現場で雨が降っていたとは言い切れないとした。被告人側は即日上告している。

論争
事件発生日が9月16日から9月9日に変更されたが、調書などの資料は16日の物が使用されている。
裁判が進むにつれて、被害にあったとされる女子高校生の矛盾も見つかっている。
天候を記録していた近隣の店舗や施設(犯行があったとされる公園管理事務所や花屋などはいずれも「雨」と記録)との矛盾も指摘されている。
裁判の証拠として採用された雨量記録のうち、現場付近で雨が降っていない根拠とされた2カ所の雨量記録は、警察の記録間違いで実際は雨が降っていたことが判明し、警察による捏造が疑われている

2009年01月17日

エクスカリバー(Excalibur)

エクスカリバー(Excalibur)は、アーサー王物語に登場する剣である。広義には、後述する「岩に刺さった剣」および、後に湖の乙女もしくはマーリンから授けられた剣の2つを指し、狭義には後者のみを指す。

この剣はアーサー王物語の中でも重要な位置を占め、様々な場面で意匠化されたり、モチーフとして作品に織り込まれたりしている。トランプのスペードのマークはエクスカリバーを意匠化したものであると言われ、またこの名を冠する剣としては、他のファンタジー作品はもちろん、コンピュータゲームや漫画、アニメ等においても流用されている剣の代名詞ともいえる存在である。

アーサー王伝説に登場するアーサー王の剣は二つあり、ひとつは物語の冒頭において、アーサーが岩に刺さった剣を引き抜き、ブリテンの王者であると証を立てるのに使われた剣である。(カリヴァーンとも)この剣はアーサーの父、ユーサー(ウーサー)・ペンドラゴン王の死後、諸侯が新王選出のため、ロンドンに集まって会議を開催したときに、大聖堂前の広場に石の台座に刺さった状態で忽然と姿を現したものである。台座には“この剣を引き抜きしものは王たる資格を持つものなり”との銘があり、その場にいた諸侯や騎士たちが試したところ、誰一人として剣を引き抜いたものはいなかった。剣が出現したときのアーサーは赤ん坊で、小領主エクトールの元に預けられていたが、その後、15歳になった頃にふとした偶然からこの剣を引き抜きブリテンの王となったのである。

もう1振りの剣
上記の剣は、アーサー王が怒りに駆られ、後ろから切りかかるという騎士道に反する行いをしたことで折れて、魔法使いマーリンが新たな剣を用意するという下りがある。新たに魔法使いマーリンから与えられた剣の鞘には所持している限り血を流すことのなくなる力があり、むしろ剣そのものより貴重であった。またトマス・マロリーの『アーサー王の死』ではエクスカリバーはマーリンではなく湖の貴婦人から貸与されたもので、アーサー王の死に際して返却されたことになっている。

この二振りの剣はしばしば混同されることが多く、マロリーの作中でも混同されている箇所がある。そもそも諸説の中で完全に別とは言いきれず、全く同一とする説、全く別物とする説など今尚議論が続いている。

名前の由来
王者の剣はカリバーンと呼ばれることもあり、一説にはこの折れたカリバーンを湖の姫が鍛え直したエクス・カリバーンが、エクスカリバーであるという。別名ではコールブランドともいう。ただし、

コールブランド(Collbrande)
カリバーン(またはキャリバーン)
エクスカリバー
と、その名を変えてきたという説からきているもの、

カラドボルグ(Caladbolg)、カラドコルグ(Caladcolg)
カレドヴルッフ(Caledfwlch)
カリブルヌス(Caliburnus)、カリバーン(Caliburn,Caliburne,Calyburn)
Calibour(- et calibour)?
Escalibor
Escalibolg
ExCalibour
Excalibur
と、その名を変えてきたという説からきているものがある。

さらには、「そのカリバーン」という意味でEt Caliburnと書かれていたのが後に誤記でEx caliburとなってしまい、後で Excaliburとして 物語が追加されたという説もある。
ババロア フィラン マッチン ビジネス ハワイ ヒューズ ダグアウト マルチ プレムハブ スノーフ 流星群 にんきょう ミステ ぶんぶん ブラテ ハイヒール シングル ラバト ブルンジ バックオ ナッソー トラン ラムサー 鈴蘭 セラセラ つるみ マルセイ コピーイノ ゲーター ブラッド トパイ バーバレ パブリ レベニュ フォーム メタ いささや ハイウエイ ダルトン ハリアー ビーコン ガター サイドカー あぼがど ジンセン スプリング ユリノ ジャーゴン アニムス ビッドレ


エクスカリバーの鞘
魔法の鞘は、のちにアーサーの異父姉モーガン・ル・フェイの策謀によって奪われてしまう。鞘を失ったことで、アーサーはその人生の終焉を避け得ぬようになっていく。そのため、鞘の話が出てこない最初の剣は、それゆえに霊的にも異なる存在とするほうが適切である、と考えられる。
であるという認識が一般的である。

しかしながら、アーサー王が活躍したとされる時代はサクス(ナイフ)を戦闘用に改良した片刃の刀剣スクラマサクスが造られ、使用されていた時代と重なる。

実際、アーサー王物語に関連した物語『ガウェイン卿と緑の騎士』の古い挿絵では、アーサー王は片刃の剣を持った姿で描かれており一概に両刃であったとは言い切れない。

エクスカリバーの原型
エクスカリバーのエピソードは、地域に伝わる伝承から取られたのではないかといわれている。イタリアのトスカーナ州にある町シエーナの聖ガルガノ修道院には、修道院の床に岩に刺さったままの剣があるが、これもモチーフの一つとなったといわれている